遺言書を法務局に預けるとは何か?まず何をすべきか
- 親の状態を確認する — 自力で法務局の窓口まで行けるか、全文を手書きできるかを確かめます。ここが制度利用の可否を分ける最大の関門です。
- 財産の全体像を把握する — 不動産の有無、預貯金の口座数、有価証券の有無を洗い出します。不動産があると相続登記の義務(後述)も絡みます。
- 相続人の関係性を見極める — 争いの芽があるなら、形式チェックのみの法務局保管では不十分な可能性があります。
制度の利用は増えているが、公正証書遺言よりは少数派です
「みんなが使っている制度だから安心」という選び方はできない段階です。件数の少なさは制度の欠陥ではなく、認知度と、後述する“出頭要件”のハードルによるところが大きいと考えられます。
相続開始後に証明書が請求された件数も見ておく
自筆証書遺言を法務局に預けるデメリットは何か?

デメリット1:本人出頭と予約が必須で、子は代われません
デメリット2:法務局は「形式」しか見ません
本制度は、保管された遺言書の有効性を保証するものではありません。
- 遺留分の侵害 — 「長男に全財産」と書けば形式的には通りますが、他の相続人から遺留分侵害額請求を受ける可能性があります。
- 財産の特定不足 — 「自宅は長女に」だけでは、登記上どの不動産かを特定できず手続が滞ることがあります。
- 遺言執行者の未指定 — 執行者がいないと、預貯金解約などで相続人全員の協力が必要になる場面が出てきます。
「法務局が預かってくれた=有効な遺言書のお墨付きをもらった」ではありません。法務省の案内自身が有効性を保証しないと明記しています。内容面の妥当性は、司法書士・弁護士・税理士などの専門家にご確認ください。
デメリット3:不動産の書き方が甘いと、相続登記の3年に響きます
デメリット4:通知は「自動」では届きません
| 通知の種類 | 発動条件 | 見落としやすい点 |
|---|---|---|
| 指定者通知 | 遺言者が自分で通知先を申し出た場合のみ(最大3名) | 申し出なければ死亡時に誰にも通知されません |
| 関係遺言書保管通知 | 相続人等の誰か1人が閲覧・証明書交付を受けた後 | 誰も法務局に来なければ発動しません |
デメリット5:管轄と2通目の制限
【子の立場】親が法務局に遺言を預けていたか確かめる7ステップ
- まず遺言書保管事実証明書(1通800円)を請求する — 分かるのは「自分が相続人等として関係する遺言書が保管されているか否か」という事実だけで、内容は分かりません(法務省「05 証明書について」2026年)。
- 保管されていない場合も証明書が出る — 「保管されていない旨」の証明書が交付されます。自宅や貸金庫の探索をどこで打ち切るかの根拠になります。
- 添付書類を揃える — 遺言者の死亡が分かる戸籍(除籍)謄本、請求人が相続人であることが分かる戸籍謄本、請求人の住民票の写しなどが必要です。手続の詳細は請求前に法務局へご確認ください。
- 手数料は収入印紙で納付する — 現金払いではありません。事前に郵便局等で用意しておくとスムーズです。
- 保管ありと分かったら遺言書情報証明書(1通1,400円)を請求する — 目録を含む遺言書の画像情報が表示され、内容そのものを確認できます。この証明書があれば家庭裁判所の検認は不要です。
- 【重要】情報証明書の交付・閲覧を受けると、他の相続人全員に通知が飛びます — 関係遺言書保管通知です。1人だけが先に内容を知って動く、ということはできない設計になっています。事前に他の相続人へ一報を入れておくほうが、無用な不信を招きません。
- 不動産があれば相続登記の期限を確認する — 遺言書情報証明書を使って、所有権の取得を知った日から3年以内に相続登記を申請します。正当な理由なく違反すると10万円以下の過料の対象です(法務省「相続登記の申請義務化について」2024年)。
ステップ6は順番の問題です。「まだ内容を見せたくない」段階で情報証明書を請求すると、その事実が他の相続人に通知されます。事実証明書(800円)は保管の有無を確認するもので、この段階では関係遺言書保管通知の対象になりません。まず800円で有無を確かめ、内容を見るタイミングは相続人間で相談してから決める、という順序が現実的です。
法務局に預ける遺言書の書き方と用紙のダウンロード方法は?
様式の必須要件
| 項目 | 要件 | 補足 |
|---|---|---|
| 用紙サイズ | A4のみ | 他サイズは不可 |
| 記載面 | 片面のみ | 裏面に書くと保管できません |
| 余白 | 上5mm・下10mm・左20mm・右5mm | スキャン時に文字が欠けないため |
| 綴じ方 | ホチキス等で綴じない | クリップも外して持参します |
| 封筒 | 不要 | スキャナで読み取るためです |
| ページ番号 | 「1/2」形式で余白内に記載 | 複数ページの場合 |
| 財産目録 | PC作成・通帳コピー可 | ただし全ページに署名押印が必要 |
本文で自書が必要な範囲
- 日付を「令和8年9月吉日」と書く — 法務省の注意事項では「年月吉日」は不可とされています。「令和8年9月9日」のように年月日を明記します。
- 財産の書き方が曖昧 — 不動産は登記事項証明書の記載どおりに所在・地番・家屋番号を書き写します。預貯金は金融機関名・支店名・口座種別・口座番号まで記載すると確実です。前述のとおり、ここが相続登記の3年ルールに直結します。
- 加除訂正の方式ミス — 民法の定める方式に従った訂正が必要とされており、書き損じたら書き直すほうが安全です。
2026年3月の省令改正:本文に住所を書く際の注意
遺言書の法務局保管にかかる費用は?(手数料一覧)
手数料一覧(法務省「09 手数料」2026年)
| 手続 | 手数料 | 誰がいつ使うか |
|---|---|---|
| 遺言書の保管申請 | 1件 3,900円 | 遺言者(生前) |
| 遺言書の閲覧(モニター) | 1回 1,400円 | 遺言者・相続人等 |
| 遺言書の閲覧(原本) | 1回 1,700円 | 遺言者・相続人等 |
| 遺言書情報証明書の交付 | 1通 1,400円 | 相続人等(相続開始後) |
| 遺言書保管事実証明書の交付 | 1通 800円 | 相続人等(相続開始後) |
| 申請書等・撤回書等の閲覧 | 1件 1,700円 | 相続人等 |
| 撤回の届出・変更の届出 | 無料 | 遺言者 |
参考:公正証書遺言の費用は2025年10月に改定されました
いま預けるべきか?公正証書か?改正法を待つか?(判断チャート)
5問の判断チャート
- いいえ → 🅰 公正証書遺言へ。法務局保管に出張制度はありませんが、公正証書遺言は公証人の出張が可能とされています。
- 費用:目的の価額に応じた公証人手数料+遺言加算(1億円以下は13,000円、2025年10月改定)+出張日当・交通費/期間:公証役場との事前打合せを含め数週間程度/未確定事項:なし
- はい → Q2へ
- はい → サブ分岐へ:登記事項証明書のとおりに所在・地番・家屋番号を書けますか?
- 書けない・自信がない → 🅰 公正証書遺言、または司法書士への相談へ。法務局は内容を審査しないため、特定が不十分でもそのまま保管されます。相続登記は「取得を知った日から3年以内」で、間に合わないリスクが生じます。
- 書ける → Q3へ
- いいえ → Q3へ
- はい → 🅰 公正証書遺言+専門家相談へ。法務局は形式しか見ないため、内容面のリスクは残ります。
- 費用:公証人手数料+専門家報酬/期間:数週間〜/未確定事項:なし
- いいえ → Q4へ
- はい → 🅱 押印任意化の施行を待つ価値があります。押印の任意化は公布(2026年6月24日)から1年以内に施行される予定です。どうせ書き直すなら、施行後に一度で仕上げる選択肢があります。
- 費用:施行後の保管申請3,900円/期間:施行日は政令で未定/未確定事項:施行日(2026年9月時点で未定)
- いいえ → Q5へ
- はい(かつ健康で、数年待てる状況) → 🅱 保管証書遺言の施行を待つ選択肢があります。PC・スマホで作成し電子署名して法務局に預ける新方式で、公布から3年以内の施行予定です。
- 費用:未定/期間:施行日は政令で未定/未確定事項:施行日・手数料・手続の詳細すべて
- いいえ → 🅲 いまの法務局保管制度が最適です
- 費用:3,900円/期間:書類準備から申請まで3週間程度/未確定事項:なし
🅱「待つ」を選ぶ場合の前提を確認してください。施行日は政令で定められておらず、2026年9月時点で未定です。「1年以内」「3年以内」はいずれも上限であり、親の健康状態がその時点まで同じである保証はありません。待つ判断は、親が健康で、内容もまだ固まっていない場合に限るのが安全です。なお、いま預けても撤回の届出(無料)で取り下げ、新方式に切り替える余地は残ります。
4方式の比較表
| 比較項目 | ①法務局保管(現行) | ②公正証書遺言 | ③自宅・貸金庫で保管 | ④保管証書遺言(施行前) |
|---|---|---|---|---|
| 作成・預入費用 | 3,900円/通 | 目的価額に応じた公証人手数料+遺言加算13,000円(1億円以下) | 0円 | 未定 |
| 本人の出頭 | 必須・代理不可・郵送不可 | 公証人の出張が可能 | 不要 | 出頭またはウェブ会議による方法が想定・詳細は政令待ち |
| 押印 | 現在は必須(改正施行後は任意化) | 不要 | 必須 | 電子署名 |
| 内容の有効性チェック | 外形的な形式確認のみ・有効性は保証されず内容相談も不可 | 公証人が関与 | なし | 未定 |
| 家庭裁判所の検認 | 不要 | 不要 | 必要 | 不要見込み |
| 死亡時の通知 | 指定者通知(最大3名)+関係遺言書保管通知 | なし | なし | 未定 |
| 書き直しコスト | 撤回→再作成→再申請で再度3,900円 | 再作成で再度手数料 | 0円 | 未定 |
| 根拠法・施行時期 | 遺言書保管法(令和2年7月10日〜) | 民法969条 | 民法968条 | 令和8年法律第45号・公布から3年以内 |
※④の列は、法務省「『民法等の一部を改正する法律』(成年後見及び遺言の制度の見直し)について」(2026年)の概要に基づく見込みです。2026年9月時点で施行日は未定であり、運用の詳細は今後の政省令で定まります。
親の遺言書を預ける当日までの逆算チェックリスト
3週間前:保管所と書類の確定
| # | やること | 担当 |
|---|---|---|
| 1 | 預ける遺言書保管所を決める(住所地・本籍地・所有不動産所在地の管轄/2通目以降は1通目と同じ保管所) | 子が代行可 |
| 2 | 本籍・筆頭者記載でマイナンバーの記載がない住民票の写しを取得 | 子が代行可(同一世帯の場合等) |
| 3 | 不動産の登記事項証明書・預貯金通帳のコピーを集める | 子が代行可 |
2週間前:遺言書の作成
| # | やること | 担当 |
|---|---|---|
| 4 | 法務省サイトで様式(A4・余白 上5・下10・左20・右5mm)を確認し印刷 | 子が代行可 |
| 5 | 遺言書の本文を全文手書きする(日付は年月日を明記、「吉日」不可) | 親のみ |
| 6 | 財産目録をPCで作成し、全ページに署名押印 | 目録作成は子/署名押印は親 |
| 7 | 指定者通知の対象者を最大3名決める(空欄だと死後に誰にも通知が飛びません) | 親子で相談 |
1週間前:事前チェックと予約
| # | やること | 担当 |
|---|---|---|
| 8 | 対象の保管所なら、提出書類の写しを電子メールで事前チェックに出す | 子が送信代行可 |
| 9 | 法務局手続案内予約サービスで予約(全手続で予約が必要) | 子が代行可 |
| 10 | 収入印紙3,900円分を準備 | 子が代行可 |
当日:本人が手続
| # | やること | 担当 |
|---|---|---|
| 11 | 遺言書原本(ホチキス留めしない・封筒不要)・申請書・住民票の写し・顔写真付き本人確認書類・収入印紙を持参 | 親のみ |
| 12 | 保管証を受け取る | 親のみ |
当日以降:家族への共有
| # | やること | 担当 |
|---|---|---|
| 13 | 保管証に記載された保管番号を家族で共有する(証明書請求時に手続がスムーズになります) | 親子で共有 |
| 14 | 不動産があるなら、相続開始後3年以内の相続登記義務を家族で確認する | 子が主導 |
やってはいけないNG対応
NG1:子が代筆する・下書きを親に清書させる
NG2:ホチキスで綴じる・封筒に入れる
NG3:指定者通知の欄を空欄で提出する
NG4:不動産を「自宅」「実家」とだけ書く
NG5:改正法を「なんとなく」待つ
NG6:法務局に内容の相談を持ち込む
遺言書の内容や相続税の試算については、必ず司法書士・弁護士・税理士などの専門家にご確認ください。この記事は制度の仕組みを整理したものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。




