親の遺言を法務局に預ける制度(自筆証書遺言書保管制度)で、子であるあなたが最初にすべきことは「親を法務局に連れて行く準備」ではなく、様式チェックと保管証の保存場所の確認です。保管申請は遺言者本人が出頭する必要があり代理も郵送もできませんが、書類の準備・予約の下調べ・様式の照合は子が担えます。
そして見落とされがちなのが、預けた後の話です。法務省民事局「遺言書保管制度の利用状況」(令和8年7月末時点)によると、保管件数126,976件に対し、相続人等による遺言書情報証明書の交付請求は累計12,890件。単純比較で約10%です。制度開始から6年しか経っておらず遺言者の多くがご存命であることを差し引いても、「預けたことを家族が知らなければ、遺言書は法務局の中で眠り続ける」構造は残ります。
この記事では、上位記事が扱いきれていない「親に書いてもらう側」と「親が遺した遺言を受け取る側」の実務動線を、法務省の一次情報をもとに整理します。
迷ったときの結論。①親が法務局へ自力で行けるなら保管制度(3,900円)、②行けないなら公正証書遺言(公証人の出張)、③親が亡くなった後なら「遺言書保管事実証明書(800円)」の請求から始める、の3択です。
自筆証書遺言 保管制度とは何か?まず何をすべきか
自筆証書遺言書保管制度とは、自分で書いた遺言書を法務局(遺言書保管所)が原本と画像データで預かる制度で、2020年7月10日に始まりました。手数料は1通3,900円、家庭裁判所の検認が不要になります。
最初にすべきことは、親の状況を次の3つに切り分けることです。
- 親が元気で、これから書く → 様式チェックリスト(後述)で下書きを点検し、住民票を取得して予約を取る
- 親がすでに書いて預けた → 保管証(保管番号が記載された書面)の保管場所を親に確認しておく
- 親が亡くなった → 遺言書保管事実証明書(800円)の請求から始める
制度の基本スペック
預けた遺言書は、原本が遺言者の死亡後50年、画像データが死亡後150年保管されます。
法務省民事局のパンフレット「自筆証書遺言書保管制度のご案内」(2026年)によると、遺言書保管所は全国の(地方)法務局312か所に設置されています。すべての手続で事前予約が必須で、法務局手続案内予約サービスから24時間365日予約できます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 保管申請手数料 | 3,900円/通(収入印紙) |
| 撤回・変更の届出 | 無料 |
| 遺言書保管事実証明書 | 800円/通 |
| 遺言書情報証明書 | 1,400円/通 |
| モニターによる閲覧 | 1,400円/回 |
| 原本の閲覧 | 1,700円/回 |
| 検認 | 不要 |
(出典:法務省「自筆証書遺言書保管制度の手数料一覧」2026年)
申請できる場所と、必要な持ち物
保管の申請先は、遺言者の①住所地②本籍地③所有不動産の所在地のいずれかを管轄する遺言書保管所に限られます。
2通目以降を預ける場合は、最初に申請した保管所でしか受け付けられません。実家の近くで1通目を預けた親が、その後あなたの家の近くへ引っ越しても、2通目は最初の保管所へ行くことになります。
持ち物は次のとおりです(法務省「02 遺言者の手続」2026年)。
- 遺言書(様式規定に適合したもの、ホチキス止めせず封筒も不要)
- 保管申請書
- 住民票の写し等:本籍および戸籍の筆頭者の記載あり/マイナンバー・住民票コードの記載なし/作成後3か月以内
- 顔写真付きの身分証明書(有効期限内のもの)
- 収入印紙3,900円分
住民票の要件は3つ同時に満たす必要があります。役所の窓口で「本籍・筆頭者は記載、マイナンバーと住民票コードは記載しない」と明示して請求してください。うっかりマイナンバー入りを取ると受け付けられず、予約の取り直しになるおそれがあります。
自筆証書遺言の要件と書き方は?法務局が見る範囲はどこまで

自筆証書遺言の要件は民法968条の「全文・日付・氏名の自書」+「押印」の4点で、2019年1月13日以降に作成したものは財産目録のみパソコン作成や通帳コピーの添付が認められます。
この4要件を満たしているかは、法務局が窓口で外形的に確認します。ただし、確認されるのはそこまでです。
法務局がチェックしないこと(ここが最大の誤解)
法務省民事局のパンフレットは、遺言書保管官が行うのは民法所定の方式(全文・日付・氏名の自書、押印の有無等)の外形的な確認のみで、遺言の内容についての審査・相談は行わず、保管された遺言書の有効性を保証するものではないと明記しています。
遺言書保管官は、遺言書の内容についての審査、相談を行うことはできません。また、この制度は、保管された遺言書の有効性を保証するものではありません。
(法務省民事局「自筆証書遺言書保管制度のご案内」2026年)
つまり、次の3つは一切チェックされません。
- 遺言能力:作成時に認知症が進んでいたかどうか
- 内容の有効性:不動産が特定できているか、実現可能な内容か
- 遺留分の侵害:他の相続人の遺留分を侵害していないか
よくある落とし穴が、保管証を受け取ったことを「法務局のお墨付き」と誤解するケースです。たとえば「自宅を長男に相続させる」とだけ書いた遺言書は、様式上は問題なく受理されます。しかし相続登記の段階で、法務局(登記部門)は「自宅」がどの不動産を指すか判断できません。結果として、他の相続人の協力(遺産分割協議)が必要になり、争いを避けるために遺言を書いたのに争いの入口に戻ってしまいます。
不動産は登記事項証明書のとおりに、所在・地番(土地)/所在・家屋番号(建物)まで書き写す必要があります。
自筆証書遺言 ひな形は法務局のどれを使うべきか
法務省サイトの「03 遺言書の様式等の注意事項」に、A4・余白規定入りの様式見本と記載例が公開されています。市販の書式集より、まずこちらを印刷して使うのが確実です。
文例の型は次のとおりです。
``` 遺言書
1 遺言者は、遺言者の有する下記の不動産を、長男 山田一郎 (昭和○年○月○日生)に相続させる。 所在 ○○市○○町一丁目 地番 12番3 地目 宅地 地積 120.50平方メートル
2 遺言者は、遺言者の有する下記の預貯金を、長女 山田花子 (昭和○年○月○日生)に相続させる。 ○○銀行○○支店 普通預金 口座番号1234567
3 遺言者は、この遺言の遺言執行者として長男 山田一郎を指定する。
令和○年○月○日 ○○県○○市○○町一丁目2番3号 遺言者 山田太郎 ㊞ ```
「相続させる」と「遺贈する」は使い分けます。相続人に対しては「相続させる」と書くのが一般的で、不動産の相続登記を単独で申請しやすくなるとされています。相続人以外(子の配偶者、孫、団体など)へ渡す場合は「遺贈する」を使います。判断に迷う場合は司法書士等にご相談ください。
【独自アセット】法務局がその場で受け付けない20項目・様式チェックリスト
法務局の窓口で差し戻される原因のほとんどは、内容ではなく用紙・余白・体裁の様式違反です。以下は法務省の様式規定とパンフレットから作成した20項目です。印刷して、親の下書きと1つずつ照合してください。
用紙(法務省「03 遺言書の様式等の注意事項」)
- □ A4サイズか
- □ 文字が判読できる、地紋・彩色のない紙か(模様入りの便箋は避ける)
- □ 感熱紙(レシート用紙等)を使っていないか
- □ 片面のみに記載し、裏面は白紙か
余白(実測が必要)
- □ 上5mm以上・下10mm以上・左20mm以上・右5mm以上を確保したか
- □ 余白部分に文字・印影・ページ番号がはみ出していないか
体裁
- □ 全ページに通し番号を記載したか(1枚のみでも「1/1」)
- □ ホチキス・のり・クリップで綴じていないか
- □ 封筒に入れていないか(封のない状態で持参)
- □ 契印を押していないか
本文
- □ 本文は全文自書か(財産目録以外はワープロ・代筆不可)
- □ 日付は年月日まで具体的か(「令和○年○月吉日」は不可)
- □ 氏名は戸籍・住民票どおりか(ペンネーム・通称は避ける)
- □ 押印があるか(2026年8月時点では押印は必須。認印可だがスタンプ印は避ける)
- □ 消えるボールペン・鉛筆を使っていないか
- □ 修正テープ・修正インクで直していないか
- □ 訂正は「上記○行目、○字削除○字追加」+署名+訂正箇所への押印の作法どおりか
財産目録
- □ 目録の全ページ(裏面に記載があればその面にも)に署名+押印があるか
- □ 通帳コピーは銀行名・支店名・口座名義・口座番号が判読できるか
- □ 不動産は所在・地番・家屋番号まで書けているか(「自宅」「実家」だけでは登記できない)
当日の持ち物(法務省「02 遺言者の手続」)
- □ 本籍・筆頭者入り/マイナンバー記載なし/作成後3か月以内の住民票の写しか
- □ 顔写真付き身分証明書は有効期限内か
- □ 予約は遺言者本人の名前で取ったか
17番の訂正ルールは自筆証書遺言でもっとも間違いが多い箇所です。1文字直すだけでも作法を外すと訂正が無効になるおそれがあります。書き損じたら、訂正せず全部書き直す方が安全です。
東京法務局本局では2025年3月10日から、遺言書のメールによる事前チェック等の試行が始まり、2026年2月2日から実施庁が大幅に拡大されました(法務省「自筆証書遺言書保管制度」新着情報)。ご自身の管轄が対象かは、予約前に法務省サイトで確認する価値があります。
自筆証書遺言の法務局保管にデメリットはある?公正証書との比較
最大のデメリットは、法務局が内容と遺言能力を審査しないこと、そして遺言者本人が法務局へ出頭しなければならず、代理申請も郵送申請もできないことの2点です。
子が代行できること/できないこと
上位記事がほとんど触れていない、実務上いちばん重要な線引きです。
| 場面 | 子が代行できるか |
|---|---|
| 下書きの様式チェック・清書用紙の準備 | ○ できる |
| 登記事項証明書を取って不動産の表示を調べる | ○ できる(誰でも取得可) |
| 住民票の取得 | △ 同一世帯なら可。別世帯は委任状が必要 |
| 法務局手続案内予約サービスでの予約 | △ 操作の補助は可。ただし予約は遺言者本人の名義で取る |
| 保管申請の当日の出頭 | ✕ 遺言者本人のみ。代理・郵送不可 |
| 遺言書の作成(清書) | ✕ 本文は全文自書が必要。代筆は無効 |
| 保管の撤回・変更の届出 | ✕ 本人のみ(撤回は無料) |
付き添って法務局まで行くことはできますが、手続の場に同席できるかは各保管所の運用によります。事前に電話で確認しておくと確実です。
親の遺言、3ルート総コスト&総手間比較表
モデルケースを固定して比較します。実家の土地建物1件(評価額2,000万円)、預金口座2つ計800万円、相続人は子2名。
| ①自筆・自宅保管 | ②自筆・法務局保管 | ③公正証書遺言 | |
|---|---|---|---|
| (a) 作成時の実費 | 0円 | 3,900円 | 財産の価額に応じた公証人手数料+証人・出張費 |
| (b) 本人が動く回数 | 0回 | 1回(予約+本人出頭) | 1〜2回(自宅・病院への出張も可) |
| (c) 子が代行できるか | △ 書類準備の補助のみ | △ 書類準備・予約補助まで/出頭は本人のみ | ○ 公証役場との日程調整・資料提出は代行しやすい |
| (d) 相続後の実費 | 検認申立の収入印紙800円+連絡用郵便切手+戸籍一式の取得費 | 事実証明書800円+情報証明書1,400円×通数(法務局用・金融機関用の2通で2,800円) | 謄本の交付手数料(1通あたり数百円程度) |
| (e) 相続後の所要期間 | 検認まで通常1〜2か月程度 | 証明書の請求で足りる(検認不要) | 検認不要 |
| (f) 他の相続人への自動通知 | なし | あり(1人が閲覧・情報証明書交付を受けると全員に通知) | なし |
| 紛失・改ざんリスク | 高い | 低い(原本を法務局が保管) | 低い(原本を公証役場が保管) |
| 内容・遺言能力の事前チェック | なし | なし | あり(公証人が確認) |
②のトータル実費は、作成3,900円+相続後3,600円でおおむね7,500円前後に収まります。
②は7,500円前後で済む有力な選択肢ですが、それは親が法務局へ自力で行けることが前提です。親が要介護で外出が困難なら、公証人が自宅や病院・施設へ出張してくれる③が事実上唯一の選択肢になります。また、実家の不動産をめぐって相続人間で異論が出そうな場合も、内容と遺言能力を公証人が確認する③の方が、後の紛争リスクを抑えやすいとされています。
制度のトレンドは逆方向に動いている
数字で見ると、両制度の利用は逆向きに動いています。
- 法務局保管:2026年1〜7月の保管申請15,513件(前年同期12,778件から約21%増)。2026年7月単月は2,532件で制度開始以来の高水準(法務省民事局のデータから集計)
- 公正証書遺言:令和7年(2025年)の作成件数は123,891件で、前年128,378件から約3.5%減(日本公証人連合会、2026年3月23日公表)
件数の絶対値では公正証書遺言が今なお圧倒的ですが、伸び率では法務局保管が上回っています。改正法成立の報道が申請増を後押ししている可能性があります。
親が亡くなった後、子が最初にすべき手続きは?
親が亡くなったら、まず遺品から「保管証」を探し、なければ最寄りの遺言書保管所で遺言書保管事実証明書(800円)を請求します。ここを飛ばして遺産分割協議を進めると、後から遺言書が出てきて協議がやり直しになります。
保管証には、遺言者の氏名・出生年月日・遺言書保管所の名称・保管番号が記載されています。これが遺品にあれば、預けられている確証になります。
ステップ1:預けているかを確かめる(遺言書保管事実証明書・800円)
自分が相続人等であることを示して請求すると、「遺言書が保管されているか否か」の事実だけが証明されます。
重要なのは、この請求は全国どこの遺言書保管所でも可能という点です。親が地方の法務局に預けていても、あなたは自宅近くの保管所で請求できます。郵送請求にも対応しています。
必要書類の目安は次のとおりです。
- 交付請求書
- 遺言者の死亡の事実が確認できる戸籍(除籍)謄本
- 請求人が相続人等であることを確認できる戸籍謄本
- 請求人の住民票の写し
- 手数料800円分の収入印紙
法定相続情報一覧図の写し(法定相続人の記載があるもの)があれば、2と3の戸籍一式に代えられる場合があります。他の相続手続でも繰り返し使うため、先に法定相続情報一覧図を取得しておくと全体の手間が減ります。
ステップ2:中身を取る(遺言書情報証明書・1,400円/通)
「保管あり」と分かったら、遺言書情報証明書を請求します。これが遺言書の内容を証明する書面で、この証明書があれば家庭裁判所の検認は不要です。
必要な通数を考えて請求してください。相続登記で法務局に1通、金融機関の手続で1通、というように、提出先ごとに必要になる場合があります(原本還付の可否は提出先によります)。2通なら2,800円です。
ステップ3:通知が全員に飛ぶことを、請求前に理解しておく
ここが実務上いちばん重要な副作用です。
法務省「10 通知」(2026年)によると、相続人等のうち1人が遺言書の閲覧または遺言書情報証明書の交付を受けると、その他の推定相続人・受遺者等・遺言執行者等の全員に、遺言書が保管されている旨の通知(関係遺言書保管通知)が自動的に届きます。
つまり、「自分だけ先に中身を見て、他の相続人には黙っておく」ことは構造上できません。あなたが証明書を請求した瞬間に、疎遠な兄弟にも法務局から通知が届きます。請求する前に、他の相続人へ自分から一報を入れておく方が、無用な不信感を避けられます。
逆の副作用もあります。誰も請求しなければ、この通知は発動しません。指定者通知(死亡時通知)を届け出ていない遺言書は、家族が制度の存在を知らないまま眠り続けることになります。冒頭で触れた「保管126,976件に対し情報証明書の交付請求12,890件」という数字が示すのは、この死蔵リスクです。
保管なしだった場合
「保管なし」の証明が出たら、自宅・仏壇・貸金庫・親しい専門家の預かりを捜索します。
封のある自筆証書遺言が出てきた場合、開封してはいけません。家庭裁判所の検認を経ずに開封すると、過料の対象になるとされています。最高裁判所「令和6年司法統計年報 家事編」によると、令和6年(2024年)に家庭裁判所で処理された遺言書の検認は25,768件です。検認は「あった事実と状態を記録する手続」であって有効性の判断ではありませんが、法務局保管を使えばこの1〜2か月を丸ごと省けます。
【独自アセット】判定チャート|これから書いてもらう/もう亡くなった
状況を2つの入口に分けて、次の一手を決めます。
(A) これから親に書いてもらう側
Q1. 親は法務局へ本人で行けますか?
- いいえ(要介護・入院中・外出困難) → 公正証書遺言(公証人の出張作成) へ。保管制度は代理・郵送申請ができないため、選択肢に入りません。
- はい → Q2へ
Q2. 財産に実家の不動産が含まれ、相続人間で異論が出そうですか?
- はい → 公正証書遺言を推奨。法務局は内容も遺言能力も審査しないため、後日「書かされたのでは」「不動産の特定が不十分」と争われた際の備えが弱くなります。
- いいえ(財産構成が単純/相続人の合意がおおむね取れている) → Q3へ
Q3. 押印任意化・保管証書遺言(デジタル遺言)の施行を待ちますか?
- → 待たずに、今の方式で書くことをおすすめします。詳細は次章のとおりで、2026年8月時点ではいずれも未施行です。空白期間を作らないことが優先されます。
(B) 親が亡くなった側
Q1. 遺品に保管証(氏名・出生年月日・保管所名・保管番号の記載)がありますか?
- はい → 遺言書情報証明書(1,400円/通)の交付請求へ直行
- いいえ → Q2へ
Q2. 遺言書保管事実証明書(800円)を請求します(全国どこの保管所でも可)
- 「保管あり」 → 遺言書情報証明書を請求 → この時点で他の相続人全員に関係遺言書保管通知が届く → 検認は不要のまま、相続登記・金融機関手続きへ
- 「保管なし」 → 自宅・貸金庫等を捜索 → 封のある自筆証書が出たら開封せず家庭裁判所へ検認を申し立てる
どの分岐に進んでも、相続登記の期限は動きません。相続登記は2024年4月1日から義務化され、不動産を相続で取得したことを知った日から3年以内に申請しないと、10万円以下の過料の対象となります(法務省・不動産登記法改正)。施行日前に発生した相続にも適用され、その場合の期限は2027年4月1日です。2026年8月時点で、そこまで残り約7か月半です。遺言書の有無を確かめる作業は、この期限から逆算して動いてください。
2026年の法改正で「今書くか、待つか」はどう変わる?
結論は、待たずに今の方式(押印あり)で書くです。押印任意化も保管証書遺言も2026年8月時点では未施行で、施行を待つ間に遺言のない空白期間が生まれます。
何が成立したのか
法務省によると、「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号)が令和8年(2026年)6月17日に成立、6月24日に公布されました。遺言に関する主な改正は2つです。
| 改正内容 | 施行時期 | 2026年8月時点 |
|---|---|---|
| 自筆証書遺言等の押印の任意化 | 公布日から1年を超えない範囲内で政令が定める日 | 未施行(押印は必要) |
| 保管証書遺言の創設(電子データ等で作成し法務局が保管) | 公布日から3年を超えない範囲内で政令が定める日 | 未施行 |
保管証書遺言は、パソコン等で作成したデータを法務局に提出し、遺言書保管官の前で全文を口述する新方式です。手書きが難しい高齢者にとって大きな前進になりますが、最長で2029年6月まで施行がずれ込む可能性があります。
なぜ待たない方がよいのか
理由は3つです。
- 今押印して書いた遺言が、施行後に無効になるわけではありません。 押印の「任意化」であって「禁止」ではないため、押印済みの遺言はそのまま有効に扱われるものと考えられます。
- 遺言はいつでも書き直せます。 保管制度なら、撤回・変更の届出は手数料無料です。新方式が始まってから改めて作り直す、という進め方ができます。
- 待っている間に遺言能力が失われるリスクがあります。 認知症の進行等で遺言能力が争われる状態になると、そもそも書けなくなります。
「施行を待つ」ことのコストは、待っている期間ずっと遺言がない状態になることです。制度の完成を待つより、今の方式で1通残し、新方式が使えるようになったら書き直す方が安全側の判断といえます。
なお、遺言書保管の事務についても、「法務局における遺言書の保管等に関する省令」の一部改正が令和8年3月2日に施行され、同日付の民事局長通達(法務省民商第30号)で取扱いが変更されています。手続の細部は変わりうるため、申請前に法務省サイトの最新情報を確認してください。
予防・再発防止|「預けたのに使われない」を防ぐ3つの仕込み
死蔵を防ぐ最も確実な方法は、指定者通知(死亡時通知)を届け出ておくことです。届出は任意で、しなければ通知は発動しません。
仕込み1:指定者通知を3名まで登録してもらう
指定者通知は、遺言者があらかじめ届け出た場合に限り、遺言書保管官が戸籍担当部局との連携で死亡を確認した時点で、指定された人へ通知が届く仕組みです(法務省「10 通知」2026年)。
法務省のお知らせによると、2023年10月2日から対象者の範囲の限定がなくなり、推定相続人や受遺者に限らず友人・知人等も指定できるようになりました。指定は3名まで可能で、すでに1名を指定済みでも、変更の届出(無料)で追加できます。
親がすでに保管制度を利用している場合は、指定者通知を届け出ているかを確認し、未登録なら追加を勧めてください。これが最も費用対効果の高い一手です。
仕込み2:保管証の写しと保管番号を、家族で共有する
保管証は再発行されないとされています。ただし、保管番号さえ分かっていれば、相続発生後の手続きは大幅に速くなります。
- 保管証をスマートフォンで撮影し、子が保存しておく
- 原本の置き場所(金庫・引き出し)を家族間で共有しておく
- エンディングノートに保管番号を書き写しておく
仕込み3:預けた後こそ、内容の点検を専門家に依頼する
法務局が内容を審査しない以上、内容の妥当性は別途担保する必要があります。
- 不動産の表示が登記事項証明書と一致しているか(司法書士)
- 遺留分を侵害していないか、侵害するなら意図的か(弁護士・司法書士)
- 相続税の負担が特定の相続人に偏っていないか(税理士)
預けた後でも、内容を直したければ撤回・変更の届出は無料です。「預けた=完了」ではなく「預けた=スタート」と捉えてください。
死蔵を防ぐ順序は、①指定者通知を3名まで登録、②保管証の写しを家族で共有、③内容を専門家に点検してもらう、の3つです。①だけでも今日から着手できます。
やってはいけないNG対応7つ
最も避けたいのは、保管証を受け取ったことで「有効な遺言が完成した」と安心してしまうことです。以下は実務で問題になりやすい7つです。
- 子が親の遺言書を代筆する:本文は全文自書が要件です。代筆は無効となるおそれがあります。
- 日付を「令和○年○月吉日」と書く:日付が特定できず無効とされる典型例です。年月日まで書いてください。
- 修正テープ・修正液で訂正する:様式違反です。書き損じたら全部書き直す方が安全です。
- 不動産を「自宅」「実家」とだけ書く:登記が通らず、結局は遺産分割協議が必要になります。所在・地番・家屋番号まで書きます。
- 保管を「内緒」で進めようとする:相続人の1人が請求すれば、他の相続人全員に自動通知されます。隠し通すことは構造上できません。
- 封のある自筆証書遺言を勝手に開封する:検認前の開封は過料の対象とされています。
- 保管証を紛失し、家族の誰も保管番号を知らない状態にする:指定者通知の届出がなければ、遺言書が発見されないまま相続が終わるおそれがあります。
「親に遺言を書いてほしい」と伝えるときは、内容への誘導と受け取られない配慮も必要です。特定の相続人が作成に深く関与した事実は、後日「不当な働きかけがあった」と争われる材料になりえます。子が関わるのは様式と段取りまで、内容は親自身が決めるという線引きを守ってください。
専門家・公的情報の見解
公的情報が繰り返し示しているのは、保管制度は「様式の担保」であって「内容の担保」ではないという一点です。
遺言書保管官は、遺言書の内容についての審査、相談を行うことはできません。また、この制度は、保管された遺言書の有効性を保証するものではありません。
(法務省民事局「自筆証書遺言書保管制度のご案内」2026年)
この限界を踏まえると、専門家への相談は次のように使い分けるのが現実的です。
| 相談先 | 主な相談内容 |
|---|---|
| 司法書士 | 不動産の表示の特定、相続登記、遺言書の文案の点検 |
| 弁護士 | 遺留分、相続人間で争いが予想される場合、遺言能力が争点になりうる場合 |
| 税理士 | 相続税の試算、納税資金の手当て、二次相続を含めた分け方の検討 |
| 公証人 | 公正証書遺言の作成、出張作成の可否と手数料の見積り |
| 法務局(遺言書保管所) | 様式・手続の案内(内容の相談は不可) |
法務局は手続案内はしてくれますが、内容の相談には応じられません。「この分け方で問題ないか」という問いの持ち込み先は、法務局ではなく専門家です。
費用を抑えたい場合でも、「作成は自筆+法務局保管(3,900円)、内容の点検だけ専門家にスポット依頼」という組み合わせが可能です。全部を公正証書にしなくても、リスクの高い部分だけ専門家の目を入れる進め方があります。
まとめ|今日から動かせる3つのこと
自筆証書遺言の法務局保管制度は、3,900円で紛失・改ざんのリスクを下げ、家庭裁判所の検認を不要にできる制度です。一方で、法務局は内容も遺言能力も審査せず、保管申請は本人の出頭が必須で、家族が制度の利用を知らなければ遺言書は死蔵されます。
今日から動かせるのは次の3つです。
- 親がまだ書いていないなら:本記事の20項目チェックリストを印刷し、法務省サイトの様式見本(03ページ)と一緒に親へ渡す
- 親がすでに預けているなら:指定者通知(3名まで・届出無料)の登録状況を確認し、未登録なら追加を勧める。保管証を撮影しておく
- 親が亡くなっているなら:最寄りの遺言書保管所へ遺言書保管事実証明書(800円)を請求する。相続登記の3年期限(施行前の相続は2027年4月1日)から逆算して動く
制度や手数料は改正されることがあります。実際に手続きを進める際は、法務省の公式サイトで最新情報を確認したうえで、内容面については司法書士・弁護士・税理士等の専門家にご相談ください。本記事は一般的な情報提供であり、個別の事案についての法的助言ではありません。
よくある質問
Q. 自筆証書遺言を法務局に預けるデメリットは何ですか?
最大のデメリットは、法務局が内容と遺言能力を審査しないことです。様式(全文・日付・氏名の自書と押印の有無等)の外形的な確認しか行われないため、不動産の特定が不十分な遺言や、遺留分を侵害する遺言もそのまま受理されます。加えて、保管申請は遺言者本人が法務局へ出頭する必要があり、代理申請も郵送申請もできません。親が外出困難な場合は、公証人が出張してくれる公正証書遺言を検討することになります。
Q. 子が親の代わりに保管を申請できますか?
できません。保管の申請は遺言者本人が遺言書保管所へ出頭する必要があり、代理人による申請も郵送申請も認められていません(法務省「02 遺言者の手続」2026年)。予約も遺言者本人の名前で取る必要があります。子が担えるのは、様式チェック、登記事項証明書の取得、住民票取得の補助、予約操作の補助、当日の付き添いまでです。手続の場に同席できるかは各保管所の運用によるため、事前に確認してください。
Q. 親が預けているかどうか、生前に子から確認できますか?
生前は確認できません。遺言書の閲覧や証明書の請求ができるのは、遺言者の生存中は遺言者本人だけです。相続人であっても、遺言者の存命中に保管の有無を照会することはできません。だからこそ、親が元気なうちに保管証の存在と置き場所を共有してもらい、指定者通知(死亡時通知、3名まで指定可)を届け出てもらうことが実務上重要になります。
Q. 遺言書情報証明書を請求すると、他の相続人に知られますか?
知られます。相続人等のうち1人が遺言書の閲覧または遺言書情報証明書の交付を受けると、その他の推定相続人・受遺者等・遺言執行者等の全員に「関係遺言書保管通知」が自動的に届きます(法務省「10 通知」2026年)。請求者が誰かを問わず通知は発動するため、内緒で進めることはできません。疎遠な相続人がいる場合ほど、請求前に自分から連絡を入れておく方が、その後の話し合いが進みやすくなります。
Q. 法務局に預けた遺言書は、検認が本当に不要ですか?
不要です。遺言書保管制度を利用した遺言書については、家庭裁判所の検認手続が不要とされています(法務省)。相続発生後は、遺言書情報証明書(1,400円/通)を取得すれば、それをもって相続登記や金融機関の手続きに進めます。参考までに、最高裁判所「令和6年司法統計年報 家事編」によると令和6年(2024年)の検認処理は25,768件で、検認までは通常1〜2か月程度を要するとされており、この期間を省ける点が制度の実務的なメリットです。
Q. 2026年の法改正で押印が不要になると聞きましたが、今から書く遺言はどうすればよいですか?
2026年8月時点では押印が必要です。「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号)は2026年6月17日成立・6月24日公布ですが、押印の任意化は公布日から1年以内、電子データで作成する「保管証書遺言」は3年以内に政令で定める日に施行されるため、いずれもまだ施行されていません(法務省)。今押印して作成した遺言が施行後に無効になるわけではなく、遺言はいつでも書き直せます(保管制度の撤回・変更の届出は無料)。施行を待って空白期間を作るより、現行方式で1通残す方が安全側の判断といえます。
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最終確認日:2026年8月20日(法務省「自筆証書遺言書保管制度」各ページ、法務省民事局「遺言書保管制度の利用状況」令和8年7月末時点、日本公証人連合会2026年3月23日公表資料、最高裁判所令和6年司法統計年報に基づく)
手数料・様式・施行時期は改正されることがあります。手続前に法務省の公式サイトで最新の情報をご確認いただき、個別の判断については司法書士・弁護士・税理士等の専門家にご相談ください。




