相続放棄の手続きは自分でできる|却下率0.14%と実費3千円の全手順
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相続放棄の手続きは自分でできる|却下率0.14%と実費3千円の全手順

「相続放棄の手続きは自分でできますか?」——結論から申し上げます。第1順位(配偶者・子)で、死亡を知ってから3か月以内、実家などを占有しておらず、債権者から訴訟を起こされていないのであれば、自分で十分可能です。実費はおおむね3,000円前後、期間は3〜5週間が目安とされています。

根拠は数字にあります。最高裁判所「司法統計年報(家事編)」令和5年度によると、相続放棄の申述は既済281,681件のうち却下がわずか395件、却下率は0.14%でした。つまり申述という手続き自体は、正しく書けばほぼ通るものです。

本当の分かれ目は、申述書の書き方の巧拙ではありません。〈①相続順位〉〈②3か月を過ぎているか〉〈③実家を占有しているか〉という客観的な3条件です。この記事では、その判定チャートと、2024年3月開始の戸籍広域交付制度・2023年4月施行の改正民法940条という直近2つの制度変更を踏まえた実務手順をお伝えします。

ポイント

相続放棄は「難しいから専門家」ではなく「条件が複雑だから専門家」です。条件がシンプルなら、自分でやるのが最も合理的な選択肢になり得ます。

相続放棄を自分でやるべき?まず何をすべきか

最初にすべきは「死亡を知った日」をカレンダーで確定し、3か月の期限日を書き出すことです。この1点さえ守れば、他の作業は後から取り返せます。

裁判所(最高裁判所)公式サイト「相続の放棄の申述」(2026年時点)によると、相続放棄の申述は「自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内」に、「被相続人の最後の住所地の家庭裁判所」へ行う必要があります。この3か月は熟慮期間と呼ばれ、民法915条1項に定められています。

最初の3日でやる3つのこと

期限を確定したら、次の3つを並行して進めるのが効率的です。

  1. 期限日の確定:死亡を知った日から3か月後の同日が期限です。例えば2026年8月19日に知ったなら2026年11月19日まで。日記・LINE・電話履歴など「知った日」を裏づけられる記録を残しておきます。
  2. 管轄裁判所の確認:被相続人の最後の住所地(住民票上の住所)を管轄する家庭裁判所を、裁判所公式サイトの管轄一覧で調べます。自分の住所地ではない点に注意が必要です。
  3. 予納郵券の金額を電話確認:切手の種類と金額は裁判所ごとに異なります。管轄裁判所の家事受付に電話し、「相続放棄の申述に必要な郵券の内訳」を聞いてメモします。この1本の電話が、後の差し戻しを防ぎます。

財産調査は「並行」で進める

3か月以内に放棄すべきかを判断するには、プラスとマイナスの財産の概算が必要です。ただし調査の完了を待って期限を過ぎては本末転倒です。

  • 郵便物の確認(金融機関・カード会社・役所からの通知)
  • 信用情報機関(CIC・JICC・全国銀行個人信用情報センター)への開示請求で借入残高を確認
  • 名寄帳(固定資産課税台帳)を市区町村で取得し、不動産の全容を把握

調査が3か月に間に合わない見込みなら、期限内に「相続の承認又は放棄の期間の伸長」を家庭裁判所へ申し立てます。実務上、一般に1〜3か月程度の延長が認められるとされています。

注意

調査の過程で被相続人の預貯金を解約したり引き出して使ったりすると、民法921条の法定単純承認にあたり、相続放棄ができなくなるおそれがあります。「調べる」と「使う」は厳格に分けてください。

相続放棄が過去最多なのはなぜ?主な原因を深掘り

相続放棄が過去最多なのはなぜ?主な原因を深掘り

2025年の相続放棄受理件数は32.4万件で、前年比5%増の過去最多を更新しました。増加の主因は借金だけでなく、処分のめどが立たない土地建物=「負動産」の回避にあるとされています。

最高裁判所「司法統計年報」2025年分(2026年6月公表、朝日新聞報道)によると、2025年の死亡者数159万人に対し、被相続人1人あたりの放棄件数は0.20件でした。2015年は0.15件ですから、死亡者数の増加ペースを上回って放棄が増えていることになります。

件数の推移も一貫しています。

相続放棄受理件数
2019年225,416件
2020年234,732件
2021年251,994件
2022年260,497件
2023年282,785件
2025年約324,000件(過去最多)

(出典:最高裁判所 司法統計年報。6年連続で最多を更新)

原因①:売れない実家という「負動産」

最大の要因は、地方の実家に代表される換価困難な不動産です。相続すれば固定資産税が毎年発生し、草刈りや修繕の維持費もかかります。売却先が見つからなければ、保有し続けるだけコストが積み上がる構造です。

原因②:相続登記義務化による「先送り不能」

法務省の不動産登記法改正により、相続登記は2024年4月1日から義務化されました。不動産を相続で取得したことを知った日から3年以内に申請せず、正当な理由がない場合は10万円以下の過料の対象となります(不動産登記法76条の2・164条)。

重要なのは遡及適用です。施行日前に発生した相続にも適用され、その場合の期限は2027年3月31日とされています。つまり、長年放置してきた実家の名義問題を、いま判断せざるを得ない時期に入っています。

補足

「登記が義務化されたから放棄する」という発想は順序が逆です。放棄すればその相続人は最初から相続人でなかったことになるため登記義務も生じませんが、相続権は次順位へ移ります。連鎖の行き先まで考える必要があります。

原因③:手続きのハードルが下がった

2024年3月1日施行の改正戸籍法による広域交付制度で、戸籍集めの負担が大きく下がりました。かつては本籍地ごとに郵送請求を繰り返す必要があり、これが「自分でやる」最大の障壁でしたが、現在は最寄りの窓口で一括請求できる範囲が広がっています(詳細は後述)。

自分でやるか専門家か、どう見分ける?【判定チャート】

判断基準は4つの客観条件です。4つすべてがNoなら「自分で・実費3,000円前後・3〜5週間」に着地します。ひとつでもYesがあれば、専門家への相談を検討する場面です。

上から順に判定してください。

``` 【START】相続放棄を検討している │ ├─ ① 死亡(相続開始)を知ってから3か月を過ぎている? │ └─ Yes →【弁護士へ】 │ 最判昭和59年4月27日を根拠に起算点の繰下げを主張する必要あり │ 想定費用:5〜10万円/所要:1〜3か月 │ └─ No → ②へ │ ├─ ② 自分は第1順位(配偶者・子)ではなく、直系尊属または兄弟姉妹・甥姪? │ └─ Yes →【司法書士を推奨】 │ 被相続人の出生〜死亡の全戸籍+先順位者の死亡記載+自分の戸籍まで必要 │ 収集工数が第1順位の約3倍 │ 想定費用:3万円前後/所要:1〜2か月 │ └─ No → ③へ │ ├─ ③ 実家など不動産を「現に占有」している(住んでいる・鍵を管理し出入りしている)? │ └─ Yes →【専門家に相談】 │ 改正民法940条1項の保存義務が放棄後も残るため、出口設計が必要 │ 想定費用:3〜10万円/所要:1〜2か月 │ └─ No → ④へ │ └─ ④ 債権者から督促状の送付や訴訟提起が既にある? └─ Yes →【弁護士へ】 債権者対応・訴訟対応の代理が必要 想定費用:5〜10万円/所要:2〜4か月 └─ No →【自分でできます】 実費:約3,000円/所要:3〜5週間 ```

ポイント

①〜④はいずれも「申述が難しいから」ではなく「申述の外側で判断や交渉が必要だから」専門家を推奨しています。書類作成そのものは、どのケースでも大きな差はありません。

「知恵袋」でよく見る誤解を整理する

Q&Aサイトでは断片的な体験談が飛び交いますが、実務上よく見かける誤解を3つ整理します。

  • 誤解1「相続放棄は役所でできる」:できません。手続き先は家庭裁判所です。市区町村役場で行うのは戸籍・住民票除票の取得までです。
  • 誤解2「相続人全員で放棄すれば終わり」:終わりません。第1順位が全員放棄すると第2順位(父母・祖父母)、次いで第3順位(兄弟姉妹・甥姪)へ相続権が移ります。連絡しないまま放置すると、疎遠な親族が突然債権者から請求を受けることになります。
  • 誤解3「遺産分割協議で『いらない』と言えば放棄したことになる」:なりません。それは相続分ゼロの分割協議であり、債務は法定相続分に応じて負ったままです。むしろ協議書への署名は法定単純承認と評価されるおそれがあります。

相続放棄の必要書類は?自分で集める全手順

必要書類は「相続放棄申述書」「被相続人の住民票除票または戸籍附票」「申述人の戸籍謄本」の3点が共通のベースで、申述人の順位が下がるほど戸籍の追加が必要になります(裁判所公式サイト「相続の放棄の申述」より)。

相続順位別・必要書類と実費の一覧表

戸籍謄本450円、除籍謄本・改製原戸籍謄本750円、住民票除票300円程度という一般的な交付手数料をもとに積算した目安が次の表です。金額は自治体により異なる場合があります。

申述人の立場添付書類の内訳戸籍の通数目安広域交付で一括取得できる/できない戸籍取得実費の目安印紙800円込みの総額目安役所・裁判所とのやり取り回数
配偶者申述書/被相続人の住民票除票または戸籍附票/申述人の戸籍謄本2〜3通○戸籍謄本は可/×住民票除票・附票は不可約1,200円約2,000円2〜3回
上記に加え、被相続人の死亡記載のある戸籍謄本2〜4通○戸籍・除籍・改製原戸籍は可/×附票・除票・戸籍抄本は不可約1,500円約2,300円2〜3回
孫(代襲相続上記に加え、本来の相続人(子)の死亡記載のある戸籍謄本4〜6通○直系のため広域交付可/×附票・除票は不可約2,700円約3,500円3〜4回
父母・祖父母(第2順位)被相続人の出生〜死亡までの全戸籍/子(第1順位)全員の死亡記載のある戸籍/申述人の戸籍謄本5〜8通○被相続人分は直系のため可/×子の戸籍は直系外で不可の場合あり約4,000〜5,500円約4,800〜6,300円4〜6回
兄弟姉妹(第3順位)被相続人の出生〜死亡までの全戸籍/第1順位全員の死亡記載戸籍/直系尊属の死亡記載戸籍/申述人の戸籍謄本8〜12通×被相続人は直系ではないため広域交付の対象外。従来どおり本籍地へ請求約6,500〜9,000円約7,300〜9,800円6〜10回
甥姪(代襲相続)上記に加え、本来の相続人(兄弟姉妹)の死亡記載のある戸籍謄本10〜14通×同上。広域交付の対象外約8,000〜11,000円約8,800〜11,800円8〜12回

※申述人が複数いる場合、収入印紙は1人につき800円必要です(相続人3人なら2,400円)。

2024年3月開始の広域交付制度と、その落とし穴

2024年3月1日施行の改正戸籍法により、本籍地以外の最寄りの市区町村窓口で、被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本等をまとめて請求できるようになりました。これが「自分でやる」ハードルを下げた最大の変化です。

ただし、制度には明確な線引きがあります。

広域交付で取得できるもの

  • 戸籍謄本(全部事項証明書)
  • 除籍謄本
  • 改製原戸籍謄本

広域交付で取得できないもの

  • 戸籍の附票
  • 戸籍抄本(個人事項証明書)
  • コンピュータ化されていない一部の戸籍

利用条件

  • 請求できるのは本人・配偶者・直系尊属・直系卑属のみ
  • 顔写真付き身分証明書を持参し、本人が窓口へ出向く必要がある
  • 郵送請求・代理請求は不可
注意

相続放棄の共通添付書類である「被相続人の住民票除票または戸籍附票」は、いずれも広域交付の対象外です(住民票除票はそもそも戸籍法の制度外、戸籍附票は明文で除外)。ここだけは従来どおり、最後の住所地の市区町村または本籍地へ請求する必要があります。「窓口ですべて揃うはず」と考えていると、この1点で手戻りが発生します。

また兄弟姉妹・甥姪が申述する場合、被相続人は自分から見て直系ではないため、広域交付そのものが使えません。上の表で兄弟姉妹以降の工数が跳ね上がるのはこのためです。

申述書の書き方——「放棄の理由」と「相続財産の概略」

相続放棄申述書は裁判所公式サイトから書式をダウンロードできます。記入で迷いやすいのは次の2欄です。

「放棄の理由」欄:選択肢(被相続人から生前に贈与を受けている/生活が安定している/遺産が少ない/遺産を分散させたくない/債務超過のため/その他)から該当するものを選びます。実務上は「債務超過のため」や「その他」を選び、その他の場合は括弧内に簡潔な事情を記載します。例:「その他(遠方の不動産のみで管理・処分が困難なため)」。

「相続財産の概略」欄:分かる範囲で構いません。調査中で不明な場合は「不明」と書いて差し支えないとされています。不正確な数字を書くより、把握している範囲を正直に書くほうが安全です。

補足

申述書は黒のボールペンで記入し、押印します(認印可)。書き損じは二重線+訂正印で対応できます。不安であれば管轄裁判所の家事受付に電話すると、記載方法の一般的な案内を受けられます。

相続放棄の費用はいくら?自分でやる場合と依頼時の比較

自分でやる場合の総額はおおむね2,500〜3,500円、司法書士なら3万円程度、弁護士なら5〜10万円程度が相場とされています。差額の3万〜10万円で何を買うのかを整理します。

裁判所公式サイトによると、申述にかかる裁判所費用は「申述人1人につき収入印紙800円分」と「連絡用の郵便切手(金額は裁判所により異なる)」です。東京家庭裁判所の場合、予納郵券は110円切手×(放棄する人数×4枚)が案内されています。

項目自分で司法書士弁護士法テラス利用
収入印紙(1人)800円800円800円800円
予納郵券数百円〜1,000円程度同左同左同左
戸籍等の取得実費1,200〜9,000円同左+取得代行費同左+取得代行費同左
専門家報酬0円3万円程度5〜10万円程度4〜6万円前後
総額の目安約2,500〜3,500円(第1順位の場合)約3.5万円約6〜11万円約4.5〜6.5万円
対応範囲すべて本人書類作成代行が中心。照会書への回答と裁判所とのやり取りは本人対応申立から照会書回答、債権者対応まで代理弁護士に準じる(資力要件あり)

(出典:裁判所公式サイト、東京家庭裁判所 相続放棄手続案内、および弁護士・司法書士事務所の費用解説の複数一致値)

司法書士と弁護士の実質的な違い

費用差を理解する鍵は「代理できる範囲」です。

  • 司法書士:主に書類作成の代行です。申述後に裁判所から届く照会書への回答は、原則として申述人本人が行います。書類集めが煩雑な兄弟姉妹・甥姪のケースでコストパフォーマンスが高くなります。
  • 弁護士:申立の代理人となり、照会書対応や債権者からの督促・訴訟への対応まで一貫して任せられます。3か月経過後の申述や、既に請求が来ているケースで価値が出ます。
ポイント

判断の目安はシンプルです。「書類集めが大変」なら司法書士、「主張や交渉が必要」なら弁護士、どちらでもなければ自分で進めるのが合理的です。

受理証明書の費用も見込んでおく

申述が受理されると「相続放棄申述受理通知書」が届きますが、債権者や法務局に提示する際は「相続放棄申述受理証明書」の提出を求められることがあります。交付手数料は1通150円(収入印紙)で、郵送申請の場合は返信用封筒と切手が別途必要です(大阪家庭裁判所の交付申請書案内より)。債権者が複数いる場合は、必要通数をまとめて申請すると効率的です。

郵送だけで完結する?申述から受理までの具体的な進め方

相続放棄の申述は郵送で完結できます。申述書一式を管轄裁判所へ郵送し、その後届く照会書を返送すれば、受理通知書が郵送で届きます。遠方の家庭裁判所が管轄でも来庁は必須ではありません。

全体の所要期間は、書類がそろっていればおおむね3〜5週間が目安です。

申述から受理までの5ステップ

  1. 書類を準備する(1〜2週間):申述書を記入し、戸籍・住民票除票を取得します。広域交付を使う場合は本人が窓口へ出向きます。収入印紙は郵便局やコンビニで購入し、申述書の所定欄に貼付します(消印は押さない点に注意)。
  2. 管轄の家庭裁判所へ郵送する(1日):申述書、添付書類、予納郵券を同封します。特定記録郵便やレターパックなど、追跡できる方法が安心です。控えとして全書類のコピーを手元に残します。
  3. 照会書・回答書が届く(申述後おおむね1〜2週間):裁判所から本人宛に届きます。「相続開始を知った日はいつか」「相続財産を処分していないか」「放棄は自分の意思か」といった内容を確認する書面です。
  4. 照会書に回答して返送する(10日以内が目安):返送期限は書面記載の日付から10日以内などと指定されるのが一般的です。回答は申述書の記載内容と矛盾させないことが重要です。特に「知った日」は申述書と必ず一致させてください。
  5. 受理通知書が届く(返送後1〜2週間):これで手続きは完了です。債権者への提示用に、必要に応じて受理証明書(1通150円)を申請します。
注意

郵送手続きで最も多いつまずきは、予納郵券の種類・金額の不足です。金額は裁判所ごとに異なるため、必ず事前に管轄裁判所へ電話で確認してください。不足すると追加郵送を求められ、期限が迫っている場合に致命的な遅れとなります。

期限直前に間に合わないときの実務

期限まで日がなく戸籍が揃わない場合、実務上は申述書のみを先に提出し、不足書類は追完するという対応が取られることがあります。まずは管轄裁判所の家事受付に電話し、事情を説明して指示を仰いでください。何もせずに期限を過ぎるのが最悪の選択です。

もう一つの選択肢が、期限内に行う「相続の承認又は放棄の期間の伸長」の申立てです。一般に1〜3か月程度の延長が認められるとされています。

まとめ

郵送で完結し、却下率は0.14%。事前確認すべきは「管轄裁判所」「予納郵券の金額」「知った日の一貫性」の3点です。

ケース別の対処——3か月経過・実家あり・次順位への連鎖

難所は3つです。①3か月経過後の申述、②実家を占有している場合の保存義務、③放棄後に相続権が移る次順位の親族への対応。いずれも「放棄できるか」ではなく「放棄した後どうなるか」が論点になります。

ケース1:3か月を過ぎてから督促状が届いた

結論として、3か月経過後でも申述が受理される余地があります。最高裁判所 昭和59年4月27日判決は、相続財産が全く存在しないと信じ、被相続人との交際状態等から調査を期待することが著しく困難な事情があり、そう信じたことに相当な理由があるときは、熟慮期間は相続財産の存在を認識した時(または通常認識しうべき時)から起算されると判示しました。

このケースで申述書に書くべき内容は、次の3点を時系列で示すことです。

  1. なぜ財産がないと信じたか:例「父とは20年以上音信不通で、資産・負債の存在を知る機会がありませんでした」
  2. 調査が困難だった具体的事情:例「同居しておらず、遺品や郵便物を確認できる立場になく、他の親族とも交流がありませんでした」
  3. いつ負債を知ったか:例「2026年8月10日に○○債権回収株式会社から督促状が届き、初めて債務の存在を知りました」

「相続財産の概略」欄には、判明している債務を記載します。督促状は写しを添付し、封筒の消印も併せて残しておくと、認識時期の裏づけになります。

注意

3か月経過後の申述は、事情の説明の仕方が結果を左右します。判例の要件に沿った主張を組み立てる必要があるため、弁護士への相談を強くおすすめします。ここは費用をかける価値がある場面です。

ケース2:実家を管理している・住んでいる

2023年4月1日施行の改正民法940条1項により、相続放棄をした者の義務は「放棄の時に現に占有している相続財産」に限定され、内容も従来の管理義務から、自己の財産と同一の注意をもってする「保存義務」に整理されました。

この改正の意味は明確です。

  • 放棄時に実家に住んでいない・鍵も管理していない場合:原則として保存義務を負いません。遠方に住む相続人の負担は明確に軽くなりました。
  • 放棄時に実家に住んでいる、または鍵を管理し出入りしている場合:放棄後も、次順位の相続人または相続財産清算人に引き渡すまで保存義務が残ります。

「放棄すれば実家から完全に解放される」とは限らない、というのが実務の現実です。占有がある場合は、放棄と並行して引渡し先(次順位者や相続財産清算人の選任申立て)まで設計する必要があります。

補足

「現に占有している」の判断は事案ごとに異なります。時々様子を見に行く程度か、鍵を保管し家財を置いているかで評価が分かれ得ますので、迷う場合は司法書士・弁護士へご相談ください。

ケース3:放棄すると誰に相続権が移るか

相続放棄をすると、その人は初めから相続人でなかったものとみなされます。その結果、相続権は次の順序で移ります。

  1. 第1順位(子・孫)が全員放棄 → 第2順位(父母・祖父母)へ
  2. 第2順位も放棄 → 第3順位(兄弟姉妹・甥姪)へ
  3. 全員が放棄 → 相続人不存在。利害関係人等の申立てにより相続財産清算人が選任される

配偶者は常に相続人であり、順位の移動に関わらず自ら放棄しない限り相続人であり続けます。

実務上のトラブルは、この連鎖を伝えないまま放置することで起きます。ある日突然、疎遠な叔父・叔母や従兄弟のもとに債権者から請求書が届き、しかもその人たちの3か月は「自分が相続人になったことを知った時」から進みます。放棄したら、次順位の親族へ速やかに連絡する——これは法的義務ではありませんが、親族関係を壊さないための実務上の必須マナーです。

まとめ

放棄の判断は「自分が免れるか」だけでなく、「次に誰が引き受けることになるか」まで含めて設計するものです。

実家という負動産、3ルートの総コスト試算

地方の実家を10年スパンで見ると、相続放棄(約3,000円)が圧倒的に低コストです。ただし放棄は「実家を手放せない場合の万能薬」ではなく、占有の有無と次順位への連鎖という条件つきの選択肢です。

前提条件:地方の実家(固定資産税 年5万円/売却見込みなし/草刈り・点検等の維持費 年3万円)を相続するケース。

ルートA:相続して保有ルートB:相続放棄ルートC:相続+国庫帰属制度
初期費用相続登記費用 約10万円(登録免許税+司法書士報酬の目安)実費 約3,000円相続登記費用 約10万円+審査手数料 14,000円+負担金 20万円
年間コスト8万円(税5万+維持3万)0円承認までの期間分のみ発生
10年累計約90万円約3,000円約32.4万円(初期のみ、以降0円)
主なリスク登記を怠ると10万円以下の過料。売れなければコストは11年目以降も継続放棄時に占有していれば民法940条の保存義務が残る。次順位(親・兄弟姉妹・甥姪)へ相続権が移る承認率は約47%。要件を満たさず不承認なら手数料は戻らず、ルートAに戻る

(出典:法務省 相続土地国庫帰属制度/財務省 財政制度等審議会 国有財産分科会 資料1(2025年6月17日)、不動産登記法76条の2・164条)

ルートCの現実味——承認率という壁

相続土地国庫帰属制度は、相続した土地を国に引き取ってもらえる制度です。法務省の統計によると、2025年9月30日現在で申請4,374件に対し帰属(承認)は2,039件でした。承認率は約47%にとどまります。

費用は審査手数料が土地1筆あたり14,000円、負担金が原則20万円(市街化区域・用途地域内の宅地等は面積に応じて算定)です。建物がある土地は対象外で、事前に解体が必要になる点も見落とせません。山林などは承認のハードルが高いとされています。

注意

ルートCは「相続したうえで」使う制度です。相続放棄をした人は所有者ではないため利用できません。放棄とルートCは併用できない点は、判断前に必ず押さえてください。

数字が示す判断のポイント

10年で90万円か3,000円かという差は大きく見えますが、放棄には金銭に換算しにくいコストも伴います。

  • 実家に残る家財・仏壇・思い出の品を持ち出せなくなる可能性
  • 次順位の親族に判断を委ねることによる関係の悪化
  • プラスの財産(預貯金・他の不動産)も含めて全部を放棄することになる

相続放棄は「マイナスだけ捨てる」制度ではありません。プラスもマイナスもまとめて放棄する点を、費用比較と同じ重さで考える必要があります。

やってはいけないNG対応——判断に迷う15場面チェックリスト

最も避けるべきは被相続人の財産を「使う・処分する・名義を変える」行為です。民法921条の法定単純承認にあたると、相続放棄そのものができなくなります。

迷いやすい15場面を、OK/グレー/NGで整理しました。

#具体的な行為判定根拠・理由
1相続人自身の財産(自分の預金)から葬儀費用を支払うOK相続財産に手をつけていないため処分に当たりません
2受取人が指定された生命保険金を受け取るOK受取人固有の財産であり相続財産ではないとされています
3遺族年金を受け取るOK遺族の固有の権利であり相続財産に含まれません
4写真・手紙など経済的価値の乏しい形見を引き取るOK財産的価値がなく処分と評価されにくいとされています
5被相続人の債務を相続人自身の財産から弁済するOK相続財産の処分ではありませんが、債権者に承認と誤解されないよう記録を残します
6遺産から身の丈を超えない範囲の葬儀費用を支出するグレー相当な範囲なら処分に当たらないとされた裁判例がありますが、金額次第で評価が分かれます
7賃貸物件の退去手続き・家財の搬出をするグレー保存行為の範囲なら問題になりにくいものの、家財の処分は処分行為と評価されるおそれがあります
8空き家の雨漏りを応急修繕するグレー価値を保つ保存行為は原則許容されますが、大規模改修は処分と見られる可能性があります
9被相続人の入院費を遺産から支払うグレー相続財産からの弁済は処分と評価されるおそれがあります。自身の財産から支払うのが安全です
10高額な形見(貴金属・時計等)を引き取るグレー経済的価値が高いものは処分・隠匿と評価されるリスクがあります
11被相続人の預貯金を解約・引き出して使うNG典型的な処分行為で、法定単純承認に該当するとされています
12遺産から携帯料金・公共料金・カード代金を支払うNG相続財産の処分に当たると評価されるおそれが高い行為です
13遺産分割協議書に署名・押印するNG相続人としての権利行使であり、単純承認と評価されるとされています
14自動車や不動産の名義を自分に変更するNG所有権を取得する行為であり明確な処分に当たります
15価値のある遺品を売却・廃棄するNG処分・隠匿に該当し、放棄後に発覚した場合も単純承認とみなされ得ます
注意

判定は個別事情によって変わり得ます。特にグレー欄の行為を検討している場合は、実行前に司法書士・弁護士へご相談ください。「やってしまった後」では取り返しがつかない場面が多い領域です。

手続き面のNGも押さえる

財産の扱い以外にも、実務でつまずきやすい点があります。

  • 収入印紙に消印を押す:申述書に貼るだけで、押印は不要です
  • 自分の住所地の家庭裁判所へ提出する:管轄は被相続人の最後の住所地です
  • 照会書を放置する:返送しないと手続きが進まず、却下の原因になり得ます
  • 申述書と照会書で「知った日」が食い違う:矛盾は熟慮期間の判断に直結します
  • 次順位の親族に知らせない:法的義務ではありませんが、深刻なトラブルの原因になります

専門家・公的情報はどう見ているか

公的情報が一貫して示しているのは、相続放棄は「期限」と「処分行為の回避」さえ守れば通る手続きである一方、放棄後の出口は制度設計が追いついていないという構図です。

相続の放棄の申述は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、被相続人の最後の住所地の家庭裁判所に対して行います。費用は申述人1人につき収入印紙800円分と連絡用の郵便切手(金額は裁判所により異なります)です。

— 裁判所(最高裁判所)公式サイト「相続の放棄の申述」

相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。

— 民法940条1項(令和5年4月1日施行)

2つを並べると、実務上の含意が見えてきます。

  1. 申述のハードルは高くない:却下率0.14%(令和5年度司法統計)という数字が、形式要件を満たせば受理されることを示しています。
  2. 占有の有無が分水嶺:改正民法940条は、放棄しても占有していれば義務が残ることを明文化しました。
  3. 引き取り手の制度は限定的:相続土地国庫帰属制度の承認率は約47%(2025年9月30日時点)で、すべての土地の受け皿にはなっていません。
ポイント

相続放棄は「入口は開いているが出口が狭い」制度です。だからこそ、申述前に「放棄した後、この不動産は誰がどう引き取るのか」を考えておく価値があります。

いつ専門家に相談すべきか

本記事は一般的な情報の整理であり、個別の判断を代替するものではありません。次に該当する場合は、司法書士・弁護士・税理士へのご相談をおすすめします。

  • 3か月の期限を過ぎている、または期限まで残り2週間を切っている
  • 被相続人の預貯金や遺品に既に手をつけてしまった
  • 実家に住んでいる、または鍵を管理している
  • 兄弟姉妹・甥姪の立場で申述する(戸籍収集が大量になる)
  • 債権者から督促状・訴状が届いている
  • プラスの財産とマイナスの財産のどちらが多いか判断がつかない

初回相談を無料としている事務所も多く、資力要件を満たせば法テラス(日本司法支援センター)の民事法律扶助を利用できる場合があります。

予防・再発防止——次の相続で同じ苦労をしないために

最も効果的な予防策は、親が元気なうちに「不動産」と「借入」の2点だけでも棚卸ししておくことです。相続放棄の判断が難しくなる原因の大半は、情報がないまま3か月を迎えることにあります。

生前にできる3つの棚卸し

  1. 不動産リストを作る:市区町村で名寄帳(固定資産課税台帳)を取得すると、その自治体内の不動産を一覧できます。複数の市区町村に不動産がある場合は、それぞれで取得します。登記簿と現況のズレ(未登記建物・共有持分)も併せて確認しておきます。
  2. 借入と保証の有無を確認する:本人の同意を得たうえで、信用情報機関への開示請求で借入状況を把握できます。特に見落とされやすいのが連帯保証債務です。事業をしていた親の場合は、保証契約の有無を確認しておく価値があります。
  3. 口座・保険・年金の所在をメモにする:金融機関名と支店名だけでもリスト化しておくと、死亡後の調査時間が劇的に短くなります。

相続が起きた直後にやること

  • 郵便物を捨てずに保管する(債権者からの通知は重要な手がかりです)
  • 被相続人名義の口座から出金しない(凍結前でも触れないのが原則です)
  • 「知った日」を記録に残す(連絡を受けた日のLINE・通話履歴など)
  • 相続人の範囲を戸籍で早めに確定する

2027年3月31日という締切を意識する

相続登記義務化の遡及適用により、2024年4月1日より前に発生した相続についても、2027年3月31日までに登記申請が必要とされています(法務省 不動産登記法改正)。数年前に相続したまま名義を放置している実家がある方は、この期限が判断の区切りになります。

なお、既に相続してしまった不動産について相続放棄はできません。放棄は相続開始から3か月以内の選択肢であり、遡って使うことはできない点にご注意ください。

まとめ

予防の本質は「情報の前倒し」です。不動産と借入の2点さえ把握できていれば、3か月の熟慮期間は十分に足ります。

まとめ——判断すべきことと、次に取る行動

相続放棄の手続きは、条件がそろえば自分でできます。要点を整理します。

  • 申述自体はほぼ通る:却下率0.14%(令和5年度司法統計)。難しいのは書類作成ではなく判断です
  • 費用は自分でやれば約3,000円:司法書士3万円・弁護士5〜10万円との差は「代理できる範囲」の差です
  • 専門家に頼むべき4条件:①3か月経過、②兄弟姉妹・甥姪の立場、③不動産を占有、④債権者から督促・訴訟あり
  • 戸籍集めは2024年3月から楽になった:ただし戸籍附票・住民票除票は広域交付の対象外で、兄弟姉妹は制度自体を使えません
  • 放棄しても実家から完全に解放されるとは限らない:改正民法940条により、占有していれば保存義務が残ります
  • 放棄すれば相続権は次順位へ移る:親・兄弟姉妹・甥姪へ連鎖することを前提に、事前連絡を行ってください

今日中にできることは3つです。

  1. 死亡を知った日から3か月後の期限日をカレンダーに書き込む
  2. 被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所を調べ、予納郵券の金額を電話で確認する
  3. 判定チャートの4条件をチェックし、自分でやるか相談するかを決める

本記事は一般的な情報を整理したものであり、個別の事案への法的助言ではありません。制度や運用は改正される場合がありますので、実際の手続きにあたっては裁判所公式サイトの最新情報をご確認のうえ、判断に迷う点は司法書士・弁護士・税理士などの専門家へご相談ください。

よくある質問

相続放棄の手続きは本当に自分でできますか?

条件が整っていれば可能です。令和5年度の司法統計では却下率が0.14%(既済281,681件中395件)で、形式要件を満たした申述はほぼ受理されています。ただし①3か月経過、②兄弟姉妹・甥姪の立場、③不動産の占有あり、④債権者から督促・訴訟あり、のいずれかに該当する場合は専門家への相談をおすすめします。

相続放棄の手続きを自分でやると費用はいくらですか?

おおむね2,500〜3,500円程度です。内訳は収入印紙800円(申述人1人につき)、連絡用郵便切手(数百円〜1,000円程度、裁判所により異なる)、戸籍・住民票除票の取得実費(第1順位で1,200〜1,500円程度)です。兄弟姉妹の立場だと戸籍が8〜12通必要になり、総額7,300〜9,800円程度まで上がります。司法書士なら3万円程度、弁護士なら5〜10万円程度が相場とされています。

必要書類は何ですか?戸籍はどこで取れますか?

共通の添付書類は「相続放棄申述書」「被相続人の住民票除票または戸籍附票」「申述人の戸籍謄本」の3点です(裁判所公式サイト)。2024年3月1日開始の広域交付制度により、戸籍謄本・除籍謄本・改製原戸籍謄本は最寄りの市区町村窓口で一括請求できます。ただし戸籍の附票・戸籍抄本は対象外で、請求できるのは本人・配偶者・直系尊属・直系卑属のみ、顔写真付き身分証を持参して本人が窓口へ出向く必要があります(郵送・代理請求は不可)。

相続放棄の手続きは郵送だけで完結できますか?

できます。申述書一式を管轄の家庭裁判所へ郵送し、申述後おおむね1〜2週間で届く照会書・回答書を返送すれば、受理通知書が郵送されます。返送期限は書面記載の日付から10日以内などと指定されるのが一般的です。全体で3〜5週間が目安です。注意点は、予納郵券の種類・金額が裁判所ごとに異なるため、事前に電話確認が必要なことです。

3か月を過ぎてしまった場合はもう放棄できませんか?

受理される余地があります。最高裁判所 昭和59年4月27日判決は、相続財産が全く存在しないと信じ、被相続人との交際状態等から調査を期待することが著しく困難な事情があり、そう信じたことに相当な理由があるときは、熟慮期間は相続財産の存在を認識した時から起算されると判示しました。この場合は判例の要件に沿った主張の組み立てが必要になるため、弁護士へのご相談を強くおすすめします。

相続放棄をすれば実家の管理から完全に解放されますか?

占有の有無によります。2023年4月1日施行の改正民法940条1項により、放棄した人の義務は「放棄の時に現に占有している相続財産」に限定されました。遠方に住み実家を占有していなければ原則として義務を負いませんが、住んでいる・鍵を管理している場合は、次順位の相続人または相続財産清算人に引き渡すまで保存義務が残ります。

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最終確認日:2026年8月19日(掲載内容は同日時点の公表情報に基づきます。法令・制度は改正される場合がありますので、最新情報は裁判所・法務省の公式サイトでご確認ください)

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